ベニシア・スタンリー・スミスの現在は? 選「縁を大切に〜島根・出雲地方〜」

こんにちは、レモンです。

猫のしっぽ カエルの手 選「縁を大切に〜島根・出雲地方〜」

京都・大原で季節の移ろいを楽しみながら手作り暮らしをするベニシア・スタンリー・スミスさん。2016年秋、青春時代の思い出の地、京都府丹波・丹後地方を旅する。京都・大原で手づくり暮らしを楽しむ、イギリス出身のベニシアさん。この秋は島根県・出雲地方へ。イギリスの陶芸家ゆかりの窯元を訪問。母国イギリスとの出会いから生まれた愛らしい陶器に感動する。友人と出雲大社を参拝。出雲には神楽も多く残っている。また、藍染めの風呂敷を嫁入り道具として持たせる風習があると知り、明治から続く藍染めの工房へ。今では珍しい技法「筒描き」で美しい紋様を生み出す藍染め職人と出会う。

豊かな自然に囲まれた京都・大原で手づくり暮らしを楽しむ、イギリス出身のベニシアさん。この秋は、島根県・出雲地方へ。訪れたのは、イギリスの陶芸家、バーナード・リーチゆかりの窯元。昭和初期、この地を度々訪問した彼は、化粧土を入れたスポイトで模様を描く“スリップウェア”という技法等を伝えた。リーチ直伝の物のひとつ、卵をふんわりと焼き上げる陶器“エッグベーカー”を見せてもらう。ベニシアさん、母国イギリスとの出会いによって生まれた、愛らしい陶器の数々に心をときめかす。ギャラリー兼カフェを営む友人を訪ねる。彼女と共に、出雲大社を参拝。そして、明治から続く藍染めの工房へ。“筒描き”という今では珍しい技法を守る5代目・長田茂伸さん。この地域では、嫁入り道具として藍染めの風呂敷を持たせる風習が残る。真ん中に実家の家紋、隅には吉祥紋様が描かれた美しい風呂敷を拝見。嫁ぐ娘の幸せを願う親心と、職人の思いがこめられていることを知る。

豊かな自然に囲まれた京都・大原で手作り暮らしを楽しむ、イギリス出身のベニシア・スタンリー・スミスさん。来日して45年目の2016年秋、青春時代の思い出の地、京都府丹波・丹後地方を旅する。
最初に訪ねたのは、日本三景の一つ、天の橋立の近く、丹後半島の伊根町。海沿いに舟屋と呼ばれる独特の家々が立ち並ぶ風景を海上タクシーから一望した後、舟屋の内部も案内していただき、海に生きる人々の知恵に驚く。また、港の市場を訪ね、新鮮な海の幸を手に入れて味わう。
続いて向かったのは、和紙の里として知られる、丹波地方の綾部市黒谷地区。山間を縫うように流れる黒谷川の清らかな水と原料となる楮(こうぞ)が豊富だったことから、良質な和紙が作られてきた。およそ 800年の歴史を持つという黒谷和紙、その職人の手すきの技に感嘆するとともに、ベニシアさんも紙すきに挑戦する。

に出演されます。

今回は、昔のベニシアさんにお目にかかれます。

楽しみですね。

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ガーデニングや家庭菜園が好きな方は ベニシアさん の名前は一度は聞いたことがあると思

います。

わたしはガーデニング、家庭菜園そしてハーブなどが好きですのでTV番組を拝見しています。

流暢な日本語をお話になり、日本の文化、生活の楽しんでいる姿が素敵です。

そこで、ベニシアさんについて調べてみました。

ベニシアさんのプロフィールと経歴

生年月日:1950年12月27日
年齢:  71歳
出身地:   イギリス ロンドン
配偶者:   梶山 正
ベニシア・スタンリー・スミスさんはイギリス・ロンドン出身で、ハーブ研究家であり、
英会話学校経営者でもあります。
ご両親は、お母さまが第2代スカールデール子爵リチャード・ナサニエル・カーゾルの三女ジ
ュリアナ・カーゾン。お父様がシェークスピア劇俳優をめざしてたデレク・スタンリー・スミ
スです。
幼少期に両親の離婚、母は再婚を繰り返し引っ越しも多かったそうです。
4回再婚をされたそうです。
10歳から寄宿制女子学校に入学し、その後ロンドンの女子高、花嫁学校を卒業しました。
19歳の時にですが、バックパッカーとしてインドに渡りました。
1971年に船で九州南部に渡り、その後日本で生活しています。
1974年に一度日本人男性と結婚されたそうです。
この時のお子様は3人、長女サチア、次女ジュリー、長男主慈。
岡山から1978年京都で英会話学校の経営を始める事になります。
実業家の一面が見受けられます。
1992年登山家の梶山正さんと再婚し1996年に京都 大原に移住しました。
お二人の間にはお子様は次男 悠仁さん。
時々、番組に出演されています。
この移住がきっかけとなり、テレビ、新聞などが取り上げるようになりました。
趣味のガーデニングを始め、ハーブを育て2002年にNHk「わたしのアイデアガーデニングコ
ンテスト」で特別賞を受賞しました。
これがきっかけに、ハーブ教室を始めたりハーブ専門家
として活動を開始されたようです。
「猫のしっぽ カエルの手 京都 大原 ベニシアの手づくり暮らし」2009年4月~ 放送が
開始されました。
ベニシアさんの経歴を調べて色々な事があったことがわかりました。

 藍染め工房 筒描藍染

出雲の庶民の生活の中から生まれた民芸の一つに藍染があります。江戸時代、木綿を織ることが盛んになるにつれ、紺屋(こうや)が生まれました。

かつて市内を流れる高瀬川沿いには紺屋が建ち並び、京都の鴨川を思わせる繁盛ぶりであったといいますが、今では上成(じょうなり)橋付近に1軒が残るのみです。

大正時代まで藍染の品物は嫁入り道具などに広く用いられ、特に筒描きの技術が発達していました。これは布に模様を染める場合に、型紙によらず渋紙で作った筒袋の中に防染用の糊を入れて、糊をおしだしながら描いていく方法です。それを藍瓶につけて染め、流水で糊を洗い落すと、糊で描いた部分が白くはっきり模様として浮き上がってきます。

現在残っている紺屋長田染物工場では、この伝統を守り続けています。製品は、紋風呂敷、のれん、その他新作民芸品があります。昭和57年(1982)3月島根県ふるさと伝統工芸品に指定されました。

2017年ベニシアさんが訪れた時は、四代目 長田茂伸さんが説明されていました。
現在は五代目 長田茂伸さんと一緒になさっているようです。
筒描藍染サイト

配偶者 梶山 正

生年月日:1959年
出身地:   長崎県
職業:写真家
ベニシアさんのご主人のことも調べてみました。
高校時代は山岳部として活躍したそうです。24歳の時にヒマラヤ登山を行い、各地で旅生活を
送っていたそうです。
日本に帰国後、京都でインド料理店を経営していた時にベニシアさんと出会い、そして結婚し
今に至っているようです。
最近はベニシアさんに関する本などの翻訳、写真を担当しているようです。山岳写真家として
専門誌にも掲載しています。

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ベニシアさんの現在の活動

ベニシアさんは、病気であることを公表してからも、大原で生活しています。

「猫のしっぽ カエルの手」の撮影も継続されているようです。

2018年「猫のしっぽ カエルの手 京都 大原 ベニシアの手づくり暮らし」の中で

目の不調を語っていました。

病名は公表していませんでしたが、調子はよくないような感じでした。

その後、大学病院で検査され、視神経の障害と診断されたようです。

現在は、大原のご自宅で元気に過ごされているようです。

少し痩せて、白髪のベニシアさんのお姿ですが、元気そうでなによりです。

まとめ

京都 大原での暮らししながら、ガーデニング・ハーブなどを育てながら生活を送っている

ベニシアさん。

体調の事も気になりますが、ベニシアさんの今後の活躍に注目していきたいです。

最後までお読みいただきありがとうございました♫




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